成田商店本社屋 工場
地域の風景を光の質で継承する
繊維製品メーカーの本社兼工場である。
敷地のある静岡県西部は織物産業が盛んな土地であった。特に薄物と呼ばれる浴衣等の製造が盛んに行われてきたが、現代では中国製品の台頭などにより、産業全体の規模は縮小している。そんな状況の中でもアイデアを駆使し、この地域ならではの新しい繊維産業の在り方を模索し、事業を拡大してきたのが成田商店というクライアント企業だ。
クライアントからの大きな要望のひとつは、本社と併設して工場をつくることであった。
現在は、内部での製造に加え様々な職人とのネットワークを構築し商品を手掛けている同企業であるが、未来を見据えて自社内でより多くの製造ができる環境を整えることを目指していた。それは、製造業が衰退する現代においての挑戦でもある。その挑戦に対し建築が出来ることを模索した。
建物に要求される主たる機能は、本社としての事務所と、生地の裁断、縫製、出荷などを行う工場である。まず、建物全体に求められる面積をリサーチしたうえで、事務所部分と工場部分で建物全体を二つに分割した。事務所の必要面積に対して工場の必要面積が大きいことによって生まれた非対称な平面形状をそのまま立ち上げ、切妻屋根を掛ける。そして、建物中央部のコアにトイレや倉庫などの共有スペースを集約し、事務所と工場部分の採光を確保した。
ここでは、ふたつの異なる質の“光をつくる”ことを主題としている。
事務所空間と工場空間で求められる光の質が大きく異なるからだ。南側の事務所では、働く人たちが、仕事に集中しながらも、直接の採光によって季節や時間で変化を感じることができる光をつくること。北側の工場では、事務所全体で拡散された光をポリカーボネート板の境界面で透過させ、均一化したフラットな光をつくることで、裁断や縫製などの集中力を必要とする空間に適した光をつくった。季節ごと、時間ごとの変化を感じながら働きたい事務所部分と、繊維製品の染めやプリントの色のチェックのために、なるべく均一な明るさとしたい工場部分。ここで求められる二種類の光を、それぞれの空間が相互に関係し合うことで成立させている。
この構成にたどり着いたのは、繊維産業がより盛んだった近代以降、数多く存在したノコギリ屋根形状の繊維工場の配置やデザインを参照したことにもよる。これらの建築では、採光面はほとんどが北向きであり、その理由は、ハイサイドライトから安定した間接光を取り入れるためだった。ここではその屋根形状は踏襲されてはいないが、勾配屋根の上部側面から安定した光を取り込むという空間性を受け入れている。それが、この土地に新しく建つ繊維関係の企業の社屋・工場の在り方に適しており、地域の歴史を現代に引き継ぐことになると考えたからである。また、クライアント企業の歴史を大事にしつつも新しい挑戦に挑む姿勢を表現できるとも思った。
静岡県西部で暮らしてきた私達にとって、繊維関係の工場建築は良く見る原風景のひとつだ。しかし、それらは時代の変化の中で使われなくなり、取り壊されてしまったものも多い。しかし、その空間の記憶は今でも残っている。地域に根差し、その土地に建ち続けた建築というのは人々の記憶に確かに刻まれるのである。
その地域固有の風景や空間を参照し、未来につないでいく。それができるのはそれぞれの土地に根差して活動している建築家だからできることアプローチだ。
グローバルに活動することが容易になっている時代だからこそ、同時に地域の固有性を空間化して継承するという役割を建築家は放棄してはいけないのではないか。
用途 | 工場 |
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所在地 | 静岡県浜松市 |
構造 | 鉄骨造 |
敷地面積 | 1893.73㎡ |
建築面積 | 490.72㎡ |
延床面積 | 610.73㎡ |
設計期間 | 2019.4-2020.8 |
工期 | 2020.8-2021.2 |
構造設計 | 柳室純構造設計 |
設備設計 | エスエスシー |
写真 | 長谷川健太 |
照明設計 | 杉尾篤照明設計事務所 |
担当スタッフ | 小田海 |